東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)16号 判決
原告の出願にかゝる本件発明の要旨は、「金属管の内部に金属管の内径より比較的小さい硝子管を差し込み、金属管に電流を通じて加熱し、内部硝子管を軟化半熔融状態となし、同時に圧搾空気を通じて硝子管の内部に圧力を加え膨脹せしめ、金属管の内壁に硝子を熔着せしめたる後焼鈍することを特徴とする硝子を内張りせる金属管の製造方法」であることが認められる。
また前記当事者間に争のない事実及びその成立に争のない甲第三号証の記載によれば、審決が引用した昭和二十六年特許出願公告第六五九号公報は、本件特許出願の日以前である昭和二十六年二月十六日に公告された刊行物であつて、これには、「金属品の内側にこれより収縮率の小さい硝子裏張りを挿入し、次に内部より前記裏張りに金属品の内壁に向つて圧力を加えつゝ外部より金属品を加熱し、これに硝子裏張りを熔融密着せしめ、次いで冷却することにより金属品をして硝子裏張りを圧縮させるようにした常時圧縮歪を受けている硝子裏張りを有する金属品の製造方法」を要旨とする発明が記載されており、その実施例として金属管の内側に略々嵌まるような外形を有する硝子内張りを嵌挿し、その両端を端板で閉塞し炉内に入れ、外部より加熱して硝子内張りを熔融軟化させると共に、一方の端板に附した管より圧搾空気のような圧搾瓦斯を内張り内に導入し、これを金属品の内面に押しつけ密に接着させ硝子内張りが密に熔着した後,炉内より取出し、適当に冷却させる場合が記載されていることが認められる。
また前記当事者間に争のない事実及びその成立に争のない乙第一号証によれば、審決が「金属管にそれより低融点の素材を内張りする際の金属管の加熱手段として、金属管に通電して発熱させる方式を採用することが、本件出願前から周知であること」を立証するために引用した昭和十三年実用新案出願公告第八八〇七号公報は、昭和十三年六月二十三日に公告せられた説明書であつて、右説明書には、金属管内に錫及び鉛を被覆させる装置についての記載があり、その中の錫の被覆に関する部分に、「金属管内に錫を投入し該金属管を廻転させながら金属管自体に電流を通じて管の温度を上昇させれば錫は熔融し、遠心力の作用を受けて金属管内壁に殆んど一様の厚さに附着するにいたる。この時廻転のみを継続して電流を遮断し次第に冷却すれば管内壁の錫は固化し、その被覆層を形成する。」との趣旨が記載されていることが認められる。
よつて本件出願にかゝる発明が、旧特許法第一条の規定する発明に該当するかどうかについて判断するに、「金属管の内側に内張りすべき硝子管を嵌挿して加熱し、硝子管が軟化熔融状態となつた時、圧搾空気を硝子管の内部に通じてこれを膨脹させ、金属管の内面に押し付けて金属管内壁に硝子管を密に熔着させた後、冷却する硝子内張り金属管の製造方法」が、本件出願前公知であることは、審決の引用する昭和二十六年特許出願公告第六五九号公報(甲第三号証)で認められる。そして金属管内側に内張りさせる金属を挿入し、金属管自体に電流を通じて管の温度を上昇させ、その内部にある内張りさせる金属の加熱熔融を計り熔着させることは、同じく審決が引用した昭和十三年実用新案出願公告第八八〇七号(乙第一号証)によつても、本件出願以前公知であつたことが認められる。更に熱的原因による歪を除去するために焼鈍することは、硝子ばかりでなく金属においても、本件出願前から広く行われている慣行手段に外ならないことは、当裁判所に顕著なところである。
してみれば本件出願の発明は、既知の硝子内張り金属管の製造方法において、その加熱手段として金属管に直接電流を通ずる公知の方法を採り入れ、更に通常この種の製造方法において後処理として慣用的に行われている焼鈍処理を行うものに外ならず、これらの採用については当業者ならば何等発明思想を必要としないものと認めるを相当とするから、本件出願にかゝる発明は旧特許法第一条の発明を構成しないものと解せられる。
原告は、本件発明においては金属管と膨脹係数の殆んど等しい硝子を内張り硝子管として用い、内張り硝子管に金属の冷却に伴う収縮に基く圧縮力を与えないのに反し、引用の方法は、金属より収縮率の小さい硝子を選び、外周の金属管と内張り硝子管との膨脹係数の差を利用して金属の冷却収縮による圧縮力を内張り硝子の周囲より与えて、これに歪力を残留させるものであるから、両者は根本的に相違すると主張するが、内張り硝子管に金属の冷却に伴う収縮に基く圧縮力を作用させないために金属管と膨脹係数の殆んど等しい硝子を内張り硝子管として使用することについては、本件発明の欠くべからざる要件として「特許請求の範囲」に掲げられておらず、従つて原告の右主張は、本件発明の要旨と関連のあるものとは解されず、本件出願発明の要旨として明細書中「特許請求の範囲」に記載されたところによれば、前記引用例のような硝子を使用する場合をも包含するものと解されるから、右原告の主張は採用しない。
原告はまた本件出願発明の特徴の一つは、その特許請求の範囲の項に「ヽヽヽ金属管の内径より比較的小なる硝子管を差込みヽヽヽ」と表現され、また発明の詳細なる説明の項に実施例として「硝子管の外径十二粍、鋼管の内径十六粍」と記載してあるように、金属管の内径よりも比較的小さい径の硝子管を使用できるから、金属管の内径より三十%ないし四十%小さい外径の硝子管でも十分目的が達せられるのに対し、引用公報に示されているのは、両者の内外径がほゞ等しい場合であるから、両者は相違すると主張する。
なるほど引用公報(甲第三号証)の「発明の詳細なる説明」の項中には、「ヽヽヽ該裏張りは中空製品の内側に略々嵌る如き外形を有しヽヽヽ」と記載しているが、該記載は内張り硝子管の一例示に過ぎないから、これを以て使用すべき金属管と硝子管の大きさの総てが律せられているものでなく、またこのように厳格に規制しなければならない理由も該公報には見当らない。一方本件出願の発明においても硝子管の大きさを表現するのに用いている「比較的小なる」という記載は、如何程小さければよいかその限度範囲が明確でないから、この点本件発明と引用公報記載のものとは明確に区別できないばかりでなく、金属管より比較的小なる硝子管を使用することによる効果として明細書に記載しているところ(甲第一号証明細書第三頁第十一行から第四頁第五行まで参照)も、極めて当然のものに過ぎず、格別な作用効果とは解されないから、本件特許請求の範囲所載の「金属管の内径より比較的小なる硝子管を使用する」という条件は本件出願発明を引用公報記載のものと区別するものとは解されない。
原告は、金属管内側に低融点の金属を内張りする際、金属管に電流を通じて加熱する方法が周知であるとしても、乙第一ないし第三号証に記載されたものは、いずれも金属管内に鍍金すべき金属を液状又は粉塊状で注入し、これを加熱しながら熔着させる場合であつて、内張りさせる材料が管の状態である場合ではないから、本件出願の方法は右公報によつては推考できないと主張する。
しかしながら金属管の内側に硝子管を挿入し、外部より金属管を加熱して硝子管を熔融し、金属管に密着させる方法は、昭和二十六年二月十六日に公告された前記甲第三号証の公報にも記載され、本件出願前より公知に属するところである。これと前記乙第一号証に記載された方法すなわち、金属管の内側に鍍金すなわち内張りさせる金属を挿入し、金属管自体に電流を通じて管の温度を上昇させ、その内部にある鍍金させる金属の加熱熔融を計り熔着により鍍金させる方法が公知であることに鑑れば、本件出願の発明は、金属管の内側に硝子管を熔着させるために行う金属管の加熱手段として、炉内に入れて加熱する公知の方法に代えて、金属管の内側に低融点金属を熔融密着により内張りする際に行つている前記周知である金属管自体に電流を通ずる方法を採用したものに外ならない。しかもその期待する作用効果である明細書(甲第一号証)記載の「金属管に電流を通じ金属管が自己発熱するために管の如き長尺ものに対して、各部均等に加熱されることによつて、金属管と硝子管の熔着条件も均等となり、かつ自己抵抗による発熱方式のために在来の燃焼炉、電気加熱炉に比してはるかに熱効率が良好である。なお製造工程も迅速簡単であるゆえに経済的効果が大きい。」ことは、金属管の内側に低融点の金属を内張りする際、金属管に電流を通じて加熱する引用公報(乙第一号証)に記載された周知の場合にも、これと同様な作用効果が奏せられることは同号証の記載(第二頁第十及び第十一行)に徴しても明白である。
また本件出願の方法が所期する他の作用効果である「金属管も硝子管も同時に十分焼鈍の目的を達せられるが故に、従来発表されている他製品に見られない強度を有している」ことは、金属管及び硝子管双方について加熱温度及び冷却速度等の条件が適当に制御されて初めて奏せられるものであつて、加熱方法として金属管に直接電流を通ずる方法を採用したからといつて無条件に得られるものとは解されない。
また本件出願発明の他の作用効果とする「一般焼鈍炉、電気加熱炉の如く外部より加熱する方法と異り、金属管のみが加熱され、両端に外出せる硝子管部は僅かに伝導熱を受けるのみで現形を十分保持することができるので熔着操作上何等の支障を起さないこと」は、硝子管部が金属管の両端から外出していることを前提として始めて強く主張できるものである。しかるにこのことは本件発明の欠くべからざる要件として特許請求の範囲に掲げられていないから、本件発明の要旨と直接関連のあるものと認めることはできない。 最後に、原告は本件発明においては、硝子自体の凝固の際の熱的原因による歪を焼鈍により除去することを特徴としているものであると主張する。
しかし硝子の凝固の際におこる熱的原因による歪を除去するために、焼鈍または徐冷処理が有効であることは、本件出願前から当業者間において周知に属し必要に応じて適宜に実施している慣用手段に他ならないことは、当裁判所に顕著なところであり、また硝子内張りを有する金属品を作る場合において、硝子張りを密に熔着させた後炉内から取出し適当に冷却させることが本件出願前より公知に属することは、審決の引用にかゝる昭和二十六年特許出願公告第六五九号公報(甲第三号証)の記載に照して明白である。もつとも同公報によればこれを「適当に冷却せしむ」ると表現しているが、その表現のうちには焼鈍のために徐冷する場合をも含むものであることは、容易に想到できるところであるから、内張り硝子を熔着させた後、硝子自体の凝固の際の熱的原因による歪を焼鈍により除去する点に、格別の発明が存するものとは解されない。
以上説示するように、本件出願の発明は、旧特許法第一条に規定する発明と認め難く、これと同一趣旨に出でた審決は相当であつて、これを違法としてその取消を求める原告の本訴請求は理由がない。